努力が報われない子どもの、決定的に欠落している力とは

生きる力。

 

新・学習指導要領への移行措置から施行にあたり、教育業界では近年よく耳にする言葉です。

 

国が掲げる教育指針は、その経済事情や時代背景が反映されています。

 

戦後の高度経済成長を経て、大量生産・流通・消費などに対応するため、情報の短期理解・習得、再生と反復の能力が求められた時代がありました。

いわゆる「詰込み型」の学び(教育)です。

 

 

日本のみならず世界で、情報化・グローバル化が加速し、環境問題や自然災害などの影響を受け、社会経済が激動の中で大きく揺れ動いています。

 

そこで文科省が今、声高らかに掲げているのが、この「生きる力」を育むということ。

知識基盤社会到来後は、幅広い知識と柔軟な思考力に基づく新しい知や価値を創造する能力が必ず必要になると訴えています。

※知識基盤社会:新しい未知の課題に試行錯誤しながら、激しい変化にも柔軟に対応しなければならない社会。

 

未来を生きるこれからの子どもたちには、我々大人が施された、知識の詰込み教育や、ゆとり教育などではなく、柔軟性と応用力を育む教育が行われようとしています。

それは言いかえれば、シンプルに問題解決能力であろうと、私なりに解釈しています。

 

 

 

 

さて。

前置きがタイトルから少しずれましたが、今回のテーマは

【努力が報われない子どもの、決定的に欠落している力とは?】

つまり、頑張ってもなかなか学力が伸びない子どもの特徴、です。

 

 

 

これまで、週1~2回のスクーリングによる授業を受けもっていた頃にはあまり実感がわかなかったのですが、学習塾をオンラインスクールに移行し、子どもたちの家庭学習(学校課題を含む日常の学習)の管理や遂行サポートを習慣的に行うようになってはじめて、「そういうことだったのか!」と身に染みて分かることがあります。

それは、学力や成績が伸びる生徒と伸びない生徒との決定的な違いです。

 

もちろん、学習量そのものの違いはいう間でもありません。

勉強していない、または勉強量が全く足りていない場合は、当然伸びる余地もありません。

 

 

そうではなくて、ある一定量の学習をこなし、それなりに努力していながらも、結果が伴う子どもと、そうでない子どもの違いを意味します。

 

 

 

大した努力もしていなければ「やりなさい!!」と喝を入れるだけの話ですが、頑張っているのに目標に近づかない、または近づいてはいるが期間に間に合わないという状況は、見ているこちらも、なんとも歯がゆく切ないものです。

 

 

 

努力に伴う学力を伸ばせない子どもに、決定的に欠落している力…

それは、問題発見(原因追求)とその解決に向けた改善改良できる能力であると断言します。

 

 

 

例えば、問題集を解くにも、様々な取り組み方の子どもたちがいます。

 

・解き終わって丸付けをしない子どもがいます。→論外です。

 

・解き終わって丸付けをし、間違えた問題や分からなかった問題に、模範解答を書き写す子どもがいます。→悪くはありませんが、解決になっていません。

 

・解き終わって丸付けをし、解答解説をよく読んで、模範解答は書き写さずに、後日やり直しをします。→なかなかよい対処です。

 

・事前にコピーをとっておいたり、ノートに解くなどして、予めもう1部やり直し用の教材を用意した上で、1回目を解き、分からないものは、同時に教科書や参考書などで調べて根本理解をします。後日2回目をチェックテストのような心づもりで解き、完成度を確認する子どもがいます。→計画性があり、よく考えられた取り組みです。

 

 

伸びる子どもというのは、このように先を見越し、解決する(分からないものを分かるようにする)ことを目指した勉強ができます。

 

一方伸びない子どもは、目先の課題しか見ておらず、その課題の目的を考えられないのです。

 

英単語や漢字であれば、読み(発音)・意味・書きなどができて、テストは〇になります。

それを、ただノート1行分ひたすら書きとりをして、その3点ができるようになるのでしょうか?

 

社会や理科などの用語暗記。教科書に専用のマーカーで線をひき、赤い透明なシートで隠して、たかだか数分眺め、暗記できるのでしょうか?用語は暗記できたとして、その用語の意味を問われたら、説明できるようになるのでしょうか?

 

 

伸びない子は、その取り組みのゴールが見えていません。

何を買うかも決めていないのに、コンビニに入って「何かないかな?」と物色するようなものです。

のどが渇いた気がして、思いつきで手にしたペットボトルの140円のお茶は、スーパーに行けば80円で買えたかもしれない。

食べたいと思った唐揚げ弁当は530円で、握りしめていた500円玉では買えず、こんなことなら、家を出る前にお母さんから、もう100円多くもらっておけばよかったと後悔するかもしれない。

 

つまり、一つ一つの取り組みに、目的と先(その取り組みのゴール)を見越さないまま、行き当たりばったりの勉強をしている子は、そこにどれほど時間をかけようが、結果が伴わないということ。

 

 

 

冒頭で、文科省が掲げるこれからの教育指針について触れましたが、まさにこのことではないでしょうか?

問題解決能力が乏しい子どもは、近い将来時代に取り残されるでしょう。

物事とその問題の本質を見抜き、その場をそれとなくやり過ごすのではなく、解決にまで導ける力を身につける必要があります。

 

これからの子どもたちは、彼らの将来に向け勉強や学びを通してその力を訓練しなければなりません。

与えられるばかりではなく、自分の中に知識をため込むだけではなく、しっかりと落とし込んで、その知識を実用的なものとして社会に還元できる大人になる必要があります。

 

 

弊社はそういった人材輩出のため、子どもたちに勉強(科目)を教えること以上に、学び方・学ぶ姿勢を身に着けさせることに重きを置き、日々指導にあたっています。

 

生きる力、とは何でしょう?

その理念を明確に持たずに、ただ教室に集めて授業を提供するだけの民間教育機関では、それこそ時代に取り残されるのでしょう。

 

私ども自身の在り方も深く考えさせられる時代であると、ひしひしと感じつつ、ハイスペックな(学力が高いのではなく、社会貢献度の高い)子どもたちの成長をサポートして参りたいと、固く誓います。

 

 

【参考サイト】

文部科学省「生きる力」保護者パンフレット

 

 

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