こんにちは! CbyEDTECH・子どもコラムニスト、“Maia”です。
前回のコラム「イギリス編」では、歴史的な建造物などを紹介しましたが、ブログを楽しんでいただけましたか?
今回は、私が2023年7月に行ったイスラエルとパレスチナの美しさを、皆さんにお見せします。
まず最初に、非常に楽しんだ国が戦争に巻き込まれ、かつて平和だった人々が今では戦争で苦しんで亡くなっているという現状について、私は悲しくて、辛い事実として受け止めています。
このコラムを書き始めた時から新たな争いが加わり、イランとイスラエルの戦争で規模も大きくなってしまいました。
しかし、私はイスラエルとパレスチナを訪れ、そこで暮らす人々と実際に会ったことがあり、彼らの平和で幸せな日常を知っているため、私自身もこの失望的な結果に巻き込まれているように感じています。
そこで、本当のイスラエルとパレスチナの姿を世界中のみなさんにお見せしたいと思うのです。
私がイスラエルとパレスチナで訪れた場所は以下です。
テルアビブ
エルサレム
アッコ
死海
ベツレヘム
テルアビブは近代化され、トルコに非常に似ていて都市のような感じがしました。町には様々な宗教が存在し、それぞれの宗派の人たちがいました。
その日は、シャバド (土曜日には、休まなくてはいけないというルール)だったので、主にユダヤ人を見かけました。
人々は宗教を象徴するのもの、例えば、ネックレスやキッパーなどをを身につけていて、学校では英語、ヘブライ語、自分の選択した言語を学ぶとガイドさんが教えてくれました。
彼らは自分の人生を楽しんでおり、他人を尊重していました。
私は土曜日にイスラエルにつきました。
「いくつか売店などは開いているかな?」と期待していましたが、全く営業しておらず、それだけ神の教えを信仰しているということを、イスラエルについて すぐ感じました。
街は他の地域と違って、大きなショッピングモール だらけで、近代化されていました。
テルアビブでは、 車と人で賑わっていて騒がしかったです。
エルサレムは観光名所が多く、歴史的で宗教的なものを沢山見ることができました。
私が聖墳墓教会や西の壁を訪れたとき、溢れ出ている愛の量や、イエス・キリストを愛する人々の量に感動して涙が止まりませんでした。
人々が神に情熱を持っていることがわかったからです。
エルサレムはテルアビブよりもサラサラとした空気で、市場などが賑わっていました。屋上からは綺麗な風景が見られ、 道なりはギリシャに似ていました。
アッコーは十字軍が長く生活した土地であり、 当時の遺跡が残っています。
その時代は勢力争いが激しく、 海から離れた土地を持っていた部族が、地下で海と自分の土地をトンネルでつなぎました。そのトンネルは湿っていて古臭く、 時代を感じられました。
海に近い場所だったので、地中海を訪れている実感がわきました。その美しい海に、地元の人々は、自分たちの景色に飽きることがなさそうでした。
アッコーは、ヨーロッパの景色に一番近くて穏やかで安定した生活のように見えました。
食べ物はイスラエルの中で一番美味しくて、レストランや街並み、そして雰囲気が落ち着いていて、都会を離れた石でできた建物や濃いブルーなどといった色、そして泊まったホテルはイギリスの王族の部屋に似ていてカーテンの色と床の色がマッチしていてオシャレでした。
また、街の特徴として、道が アートで埋められていたり、壁も日用品をオシャレに飾っていました。
派手で悪目立ちしてしまいそうな色さえも着こなしていて、おしゃれ好きな人が多かったです。
死海の水は濃縮されていて、体が自然と浮かび興味深くて、本に書かれているそのままでした。
鋭い岩がたくさんあり、危険ながらも浮かんで楽しい自然のアトラクションでした。
イスラエルの人々もそこで遊び、対岸にはヨルダンが見え国々の近さを実感できました。 晴れていたため、 シンガポールの2倍ほど直射日光を浴びたので、帰ってきた後は日焼けした肌がチクチクして痛かったです。
パレスチナの移動は、安い運賃でイスラエルからローカルのバスに乗って行きました。当時は簡単な行き来ができていたのに、今ではできなくなった と聞き、ショックを受けています。
パレスチナではイエス・キリストの聖地の隣のモスクでクルアーンが流れていました。
エルサレムからバスでパレスチナに行き、友好的なローカルの人々は互いと共に生活を楽しんでいるようでした。それはまるで、私の暮らすシンガポールのような雰囲気でした。
イスラエルに比べると、もっと多くのムスリムの人々やキリスト教徒の方がいました。
パレスチナはイスラエルより静かで、落ち着いた感じがしました。町全体は小さめで、ローカル同士で仲間がいっぱいいるようなコミュニティでした。
イスラエルに行って一番印象に残っているのは、イエス・キリストが生まれた場所や亡くなった場所に行くたびに、人々がその場所に注いだエネルギーの大きさを感じたことです。
嘆きの壁でもエネルギーが溢れているように感じました。しかし、このエネルギーは宗教を超えた悲しみ・心配がまじえていて、壁の大きさと比例してそのエネルギーも存在感がありました。
旅行を思い返してみると、キリストが殺された場所を見て圧倒されたり、感謝したり、心を痛めている多くのキリスト教信者を見て、キリストについてもっと知りたいと思いましたし、人々がキリスト教に対してとても大きな愛を持っていることに気づきました。
そして、私に感銘を与えられて、キリスト教との強い関係を持ち、学びたいとも思いました。
この旅がなかったら、私は今のようにキリスト教とつながることもできなかったし、親しくなれなかったと思います。イスラエルへの旅は人生を変えてくれた旅になったと思います。
戦争など無くなれば、様々な宗教が有効的に共存し、とてもいい国だとわかってもらえましたか?
一刻も早く事態が終息し、パレスチナとイスラエルが本来の平和を取り戻すことを強く願います。
また、このブログを読み興味をもってくださったみなさんが、私のように自分の身近な国のように考えてくだされば、平和を取り戻す日も近いかもしれません。
イスラエルとパレスチナが元の姿を取り戻す日が来たら、みなさんも是非訪れてみてください。