かつては入学式や卒業式など、学校の大きな式典で歌われた国家「君が代」。
いつの頃からか、多くの学校でその国歌の起立・斉唱が行われなくなりました。その背景には、どんな事情があるのでしょう。
平成11年4月、東京日野市の市立小学校の入学式。
「君が代」のピアノ伴奏をするよう求められた音楽教師がそれを拒否し、戒告処分を受けました。それにより処分は違法であると、東京都教育委員会を相手に取り消しを訴える裁判に発展。
この件、何が違法であるのかと言えば・・・
憲法第19条:思想および良心の自由は、これを侵してはならない。
に反する!という訴え。
この音楽教師にとっては「君が代」を歌ったり伴奏したり、学校の式典で子どもたちにそれを歌わせるという行為は、学校や教育委員会が、個人に思想を押しつけ強要していると捉え、当然、それを拒否したことで戒告されたのは不当なことであったのでしょう。
この判決。結果的に校長の職務命令は憲法第19条には違反しない(合憲)とされました。起立・斉唱命令なども、「間接的に思想および良心の自由を制約したとしても合憲」とされ、以降、国歌の起立・斉唱命令の正当性が認められるようになりました。
戒告処分も妥当とされましたが、裁判所はそれよりも重い減給処分や停職処分などは慎重に扱うよう求めました。
とは言え、考え方は人それぞれ。好んで揉めて裁判を起こしたいはずもなく、こうした背景から国歌斉唱そのものを自粛して行わないとする学校も増えました。
けれどこの「君が代」議論、問題は根強く、先月19日、また同内容で別の裁判を起こしていた都立高校の元教職員22名に、新たな判決がくだされました。
元教職員らは、「君が代」の斉唱時に起立しなかったため、再雇用を拒まれたとし、都に賠償を求めた上告審判決。
1、2審では都に約5千万円の賠償が命じられていましたが、最終的には原告側の請求はすべて棄却される結果に・・・。やはり国歌の起立・斉唱命令は、憲法19条には違反しないという考えが、裁判においては一般的と思ってよいのでしょう。
しかしながら、そもそもどうしてそんなに「君が代」が拒まれるのか・・・?または、どうしてそれが、思想や良心に影響を及ぼすと考え躊躇されるのか・・・?
それはこの「君が代」が、戦前の天皇主権を象徴する歌であると考えるからなのでしょう。“君が代=天皇の時代”という具合に。
現代の私たちは国民主権のもと、国のあらゆる事柄を決断するその大切な主権は国民である自分たちにあると考えます。ですから「君が代」は、戦争という大きな過ちを犯した過去を肯定するものであり、時代には相応しくないと感じざるを得ないのかもしれませんね。
しかし私の大学時代、ある講義で日本文学に精通した教授がこんなことを言っていました。
「君が代」の解釈を間違え、憲法違反と裁判を起こす事例があるが、そもそもそんな議論はおかしい!
と。
教授曰く、「君が代」は長寿を祝うお祝いの歌であり、天皇を祭りあげる歌ではないのだそう。
そもそも「君が代」のルーツをさかのぼれば、2度の世界大戦どころの時代の浅い話ではなく、古今和歌集が誕生した平安時代のこと。年賀の歌だったこの和歌が、鎌倉時代には年賀以外のお祝ごとには全般的に歌われるようになったのだとか。
「君」には、天皇だけでなく、あなた、愛しい人(恋人)、尊敬する相手、などなど、幅広い意味があります。「千代に八千代に」は、千年も数千年もという解釈から、いつまでも永遠に、という意味。「さざれ石」は小さな石、ですから「さざれ石の巌となりて」は、小さな石が大きな巌となって。「苔の生すまで」は、苔が生えるくらい長い年月、の意味。
ですから、天皇に限らず、例えば連れ添う夫婦が、互いの長寿を祝い、「あなたの歳が永遠に、小さな石が巌になるように私たちの関係もずっと大きく固く、苔の生すまでずっと添い遂げられますように・・・」という、素敵な解釈だってできるということ。
確かに、古い歴史の中の一部として、天皇を祭りあげた時代もあり、その際にはそういった意味で歌われたこともあったのかもしれません。
けれど日本文学という観点から、純粋にこの「君が代」を読み解けば、もっと純粋で、人が互いを思いやり長寿を祝う人間の本質的な歌。
このような裁判や、教育機関での争いも、起こる必要もないのでは?と思ったります。
そもそも、平成生まれの現代っ子たちは、「君」と聞いてイメージするのは「君の名は」や「君の膵臓を食べたい」とかで、英語で言えばYOUにあたるもの。
敢えて言わなければ「天皇」や「EMPEROR」を指す言葉でもあることなど、知らないでしょう。そうであるなら英語教育も盛んになった現代、この際、「YOUR AGE」とか「YOUR ERA」とか「YOUR TIME」なんかに翻訳して歌ってみる、とかどうでしょう?
それはそれでまた別の議論が起こりそうですが・・・苦笑
個人的には「君が代」を歌った方がいいとも歌わない方がいいとも思いませんが、ただ歌うとすれば、純粋に、自分が携わるすべてのYOUたちの、末永い健康と活躍を祈る気持ちでいたいものですね。